香川県多度郡琴平町の金刀比羅宮を総本社とし、その祭神である大物主(おおものぬし)を祀る神社である。通称金比羅(こんぴら)様。

 昔、押し送りをしていた人が、三崎で遭難 した時、金比羅様に祈ったら助かったので祀ったという(明治中期以降)。・・編注1)・2)・3)

 昭和11年12月15日現地に遷宮。

 神輿は明治10年制作と言われ、芹沢の腰掛神社より 明治43年 譲り受ける。平成22年に100年目ということで芹沢の腰掛神社に里帰りした。・・編注4)

(「茅ヶ崎は浜降りだ」から)

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編注1) 押し送り  weblio辞書より
おしおくり‐ぶね【押し送り船】
帆をあまり使わず、数人で櫓(ろ)をこいで進める船。特に、とれた魚類を魚市場に運んでいた早船。

編注2)「金刀比羅神社由緒沿革」には、次の記述があります。

『 元禄年間(1699~1704)この郷の住人新店藤左衛門は回船問屋を営み繁栄を極めていたという。
ある夜大暴風雨に逢い、伊豆沖で藤左衛門の乗る船は大破し微塵に砕けた。藤左衛門は金刀比羅大権現を念じつつ海上を漂流中に金刀比羅樽(編注5)を発見してこれに身をまかせて漂流し、そして樽中のお神酒を乗員一同に与えて身体を温め伊豆海岸に無事生還することができたという。
これは、ひとえに金刀比羅大権現のおかげと藤左衛門始め一同は感謝して社殿を建てたと伝えられている。 』
詳しくはこちらをご覧ください・・・・*金刀比羅神社縁起板

編注3) 「三崎で遭難」
 前編注2「金刀比羅神社由緒沿革」では「伊豆沖で藤左衛門の乗る船は大破とあります。遭難にあったのは三崎ではなく伊豆沖が正しいものと考えられます。
編注4)「芹沢の腰掛神社より明治43年譲り受ける」 
 金刀比羅神社によると、譲り受けた年について正しくは「明治44年」です。
編注5)金刀比羅樽
 江戸時代から海の男たちに伝わる珍しい風習だそうです。
こんぴらさん~流し樽_新日本風土記アーカイブス_NHK

 

編注6)このあたりです

南湖全図_北A_01