伴田六之助、大阪出身、証券業。敷地3,000坪。南湖4丁目8番、10番、13番と9番の一部。新劇運動に尽くした俳優友田恭助(本名 供田恭助)がこの別荘を使用した。

(南湖郷土史)

 別荘は恭助の父である実業家の伴田六之助が建てたもので、別荘があったことが記されています。

 友田恭助(明治32年(1899)~昭和17年(1937))は本名を伴田五郎といい、東京に生まれました。恭助は13歳の時、近隣に別荘があった土方与志とともに南湖座という少年劇団をつくり、別荘裏の土手を舞台に地元のお年寄りを招いて、公演を行っています。子どものころから演劇に対し、並々ならぬ興味があったことをうかがわせます。

 大正13年(1924)、土方不志は築地小劇場を開場しました。恭助はその劇団の運営に参加し、 その後、田村秋子と結婚して、夫婦で築地座を結成しました。同劇団は「瀬戸内海の子ら」、翻訳劇 「にんじん」などを上演し、演劇の実験室の役割を果たしました。同劇団は、昭和11年(1936)解散し、恭助は翌12年(1937)文学座を結成しましたが、日中戦争に召集され上海で戦死しまし た。

*供田恭助については「郷土ちがさき第40号」昭和59年(1984)5月1日に森久保卓氏が“ああ供田恭助伍長”と題して寄稿されています。

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編注1)いまでもこの周辺には「ともだのさか」と呼ばれる場所が残っています。
〇もっともっと知りたいかたは・・

坂のプロフィール(坂学会事務局)
ともだの坂

ちがさきナビ(茅ヶ崎市観光協会)
友田恭介

編注2)このあたりです

南湖全図_中A_24