東海道を歩いて京に向かう途中「左富士」となるのは、ここ南湖の鳥井戸橋と吉原宿のてまえとなります。

〇 吉原(東海道五十三次の宿場町、現在は富士市)

 河合橋をこえた辺りから街道の左手に「左富士」が見えます。まさに安藤広重の「東海道五十三次」図の場面です。が、しかしこれは最初からではなく吉原宿の移転にともない生じたものなのです。
 最初、鈴川村(元吉原)次いで依田橋村(中吉原)、そして津波を受け北へ移り、現在地となりました。そのため、街道も付け替えられて「左富士」となる場所ができました。編注1)
 しかし、何と言っても吉原宿は富士の町です。茅ヶ崎は藤沢宿と平塚宿の間にあり、なお南湖はその茅ヶ崎の枝郷です。知名度ではかないません。でも、本家・本元は南湖なのです。

(東海道宿駅会議「東海道マイスター」より)

 

〇 南湖の左富士の碑

 国道1号を茶屋町から下町屋方面に向かうと、右にカーブして鳥井戸橋を渡ります。晴れた日に橋の上に立つと、千の川の下流の先に富士山が見えます。つまり、国道1号(東海道)の左側に富士山を見ることになります。

 江戸時代の有名な浮世絵師の安藤広重は、天保3年(1832)に東海道を旅し、その後東海道五十三次の風景版画を数多く発表しました。その中の一枚にこの名所を描いた「南期(湖)の松原左り不二」があります。平成5年3月、この鳥井戸橋脇に記念碑が建立されました。編注2)

(「ぶらり散歩 郷土再発見」より)

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編注1)歌川広重 東海道五拾三次 吉原 左富士

文化遺産オンライン(文化庁)

編注2)歌川広重 五十三次名所図会 藤沢 南湖の松原 左り不二

神奈川県立歴史博物館

 

編注3)もっと知りたい方は・・
まち・ひと・茅ヶ崎の煌き(茅ヶ崎市観光協会)
茅ヶ崎市南湖「東海道の左富士」を描いた東海道五十三次の浮世絵師

編注4)このあたりです

南湖全図_北A_06